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2016年1月17日日曜日

執行猶予が明ける

 2年前、介護福祉士試験へ合格したものの、法大学生運動裁判の執行猶予期間中のため登録できず(※)、人知れず<闇>福祉士として活動してきましたが、先日、1月15日付けで、3年間の執行猶予が明けました。

 早速、登録申請しています。


※社会福祉士及び介護福祉士法

第1章3条(欠格事由)
次の各号のいずれかに該当する者は、社会福祉士又は介護福祉士となることができない。 

禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わり、又は執行を受けることがなくなつた日から起算して2年を経過しない者。


2015年6月5日金曜日

東京造形大学「日本国憲法」の授業に行ってきた

 東京造形大学の前田朗先生のお招きで、「日本国憲法」の授業にゲスト出演してきた。前田先生には、法大暴処法弾圧事件で無罪判決を取った翌年から、3年連続でお招きいただいている。2006年以来、公安警察を導入の上、学生の政治的表現の自由を圧殺、結果述べ126名もの逮捕者を出している「監獄大学法政」の現状と、逮捕から起訴、裁判、無罪へと至る「刑事裁判の被疑者」としての実体験を、学生の皆さんにお話するのが趣旨だ。「日本国憲法」との絡みで言えば、前者は19条(思想・良心の自由)、21条(言論・表現の自由)、23条(学問の自由)、後者は37条(刑事被告人の権利)、38条(拷問の禁止・黙秘権)と関係するだろう。

 去年・一昨年は、法大闘争を一緒に闘った法大文化連盟、中核派系全学連のメンバーと出向いた。今年は、暴処法弾圧時、「任意聴取」のかたちで公安警察に引っ張られ、望まない供述調書を取られてしまった(ある意味では、仲間を売ってしまった)法大OB・菅谷圭祐君と、先輩に誘われて法大デモに参加したら「公務執行妨害」容疑で逮捕されてしまった明治学院大学OB・白石比呂志君と登壇。2人とも運動の当事者というより周辺者だが、運動破壊のためなら、周辺者にも牙をむき、利用する公安当局の悪辣さが、とりわけ菅谷君の体験談から明らかになったことと思う。

 授業は、前田先生司会のもと、「法大闘争とは何か」「刑事事件での逮捕・勾留経験」「留置場での生活」「取調べの状況」「刑事裁判の闘い」「無罪判決を勝ち取った時の心境」といった切り口から、各自が話せることを話した。留置場での生活談や、取調べの際、公安刑事・検事から受けた罵倒の数々は、普段耳にしない話題だけに、興味を持って聞いていただけたのではないかと思う。最後の質疑応答では、「取調べの時、カツ丼はでますか?」「学生運動をして、就職できるんですか?」との質問が出た。この質問は毎年出る(笑)

 説明が不十分な点や納得いかない点は、正直あっただろう。それでも耳を傾けてくれた造形大生の皆さんに、感謝したい。ありがとうございました。




前田先生から著書のプレゼント

学生が書いてくれた。イケメン風

犯罪者風

3.14弾圧時のリーフレット

暴処法弾圧裁判の最終意見陳述集

2015年4月9日木曜日

「情況」へ2本寄稿

 今月発売の雑誌「情況」3・4月合併号へ2つの文章を寄稿した。今号は「学生運動―反ヘイトスピーチ特集」ということで、テーマと時宜に沿った文章を用意できたからだ。

 1つは「七・六早稲田カウンター学生弾圧事件について」である。これは昨年7月、早稲田大学の1年生で、りべるたんの運営員であるA君が、ヘイトスピーチデモへのカウンター抗議の最中逮捕されてしまう事件があった。私は縁あって、A君の救援会の責任者として活動した。本稿はこの事件の総括録である。
 下地には、昨年10月、早稲田大学で開催した共同シンポジウム「早稲田からヘイトスピーチを考える」での報告がある。同シンポの2部において、私は「7.6事件の経過報告と会計報告」と題し、一連の出来事を「ヘイトデモ主催者の主張」「被害男性の実像」「公安当局の思惑」「救援の方針と展開」などの観点から振り返った。これらの発言を文章へ置き換えたものが拙稿と言える。
 また、1部の安田さんの講演「ヘイトスピーチとはなにか」も、「ヘイトスピーチの正体」と改題の上、文字起こしされている。以前、週刊誌の事件記者をしていた安田さんは、日本へ出稼ぎに来ている中国やブラジルからの移住労働者の取材をきっかけにヘイトスピーチ問題と出会い、関心を深めていったという。そして安田さんは、近年在特会らがネットを駆使して先導する「新しい差別運動」の以前から、日本社会には朝鮮半島出身者への根深い差別(意識)が存在していたと指摘する。私は当日、壇上のすぐ脇で聞いていたのだけれど、安田さん独特の間と勢いのある語り口も相まって、非常に引き込まれた。
 弁護士の酒田芳人さんや憂国我道会の山口祐二郎さんらが登壇した3部の共同討議も、当初誌面へ再現される予定だったが、結局、情況編集部の判断で掲載へと至らなかった。議論が盛り上がっていただけに、残念だ。

 2つ目の文章は「法大闘争史概略」である。新左翼界隈の方はご存知の通り(?)、法政大学では、2006年から今日に至るまで、学生の政治的表現の自由を巡って述べ126名の逮捕者・34名の起訴者が生まれている。リベラルの仮面をかぶった監獄大学、それが法大だ。 
 この学生側と大学側の激しい対立は一般に「法大闘争」と呼称され、法政大学文化連盟という団体が運動を牽引している。私は昔、同団体の執行委員を務め、多くの仲間と同様、留置場や東京拘置所へぶち込まれた。引退後も長らく、裁判闘争に明け暮れた。昨年2月、4年半の裁判生活を経て無罪判決が確定した後、私はこの間自分がやってきたことを総括しなければならないとの念に駆られ、法大への卒業論文のつもりで、本稿を執筆した。注も参考文献も付けていないが、2万字以上は書いたのではないかと思う。 
 執筆にあたっては、次のような問題意識があった。すなわち、この間の異常事態にもかかわらず(公安警察が跳梁し、100名もの逮捕者が出ている研究教育機関は異常だ)、何が起きているのか、何故こんなにこじれたのか、運動の流れや経緯を通観するような論考がほとんど表に出ていないのは問題である、と。もちろん、私を含めて運動の当事者は、日常のビラや裁判の意見陳述など、それぞれの機会に、それぞれの立場で分析を行っているのだが、いくつかの例外を除いて、そういったものがまとまったテキストとして参照可能になっているとは言えない。私としては、90年代半ばに始まった自治会の非公認化、学生会館学生連盟の非公認化、「法大の貧乏臭さを守る会」の運動、9・21ボアソテロ、学生会館の解体、3・14弾圧、旧本部団体の非公認化、文化連盟と中核派系全学連の共闘、菅谷君の飲酒闘争といった一連の出来事を、背景事情を織り交ぜながら、「通史」のかたちで論述したかった。
 とりわけ、文化連盟や中核派系全学連が主導する「法大闘争」の陰で、これまであまり光があたってこなかった、ノンセクト系の人々の動きに光をあてようと努めた。今でこそ法大の運動は文連・全学連の専売特許となっている観があるが、私たち以外にも様々な団体・個人が法大の現状を憂い、行動した歴史的事実は忘れるべきではないだろう。
 なお、本文末尾にも記したけれど、本稿はもともと情況出版の新雑誌「アガルタ」へ掲載を予定し、昨年3月に脱稿したものだ。しかし、同誌が出版見合わせとなったため、今回、本誌「情況」へ掲載される運びとなった。脱稿時期が約1年前であることから、本文中、現在の法大学生運動の情報(運動の展開、逮捕・起訴者数など)を十分に更新できていない点がある。謝して、お断りしておく。
 




2015年3月25日水曜日

東洋通信を卒業

 先日は、2年次編入した、東洋大文学部通信教育課程の卒業式。裁判をしたり、介護労働をしたりしながら、どうにか無事卒業することができました。夜勤の休憩時間中、シコシコレポートを書いていたのはいい思い出です。卒論は、明治から昭和にかけて活動した児童文学作家・小川未明の「転向」をテーマに選びました。

 4月からは就職して結婚……する予定だったのですが、相手がいなくなってしまったので(笑)、そのまま東洋の大学院へ進学することに。介護労働・組合・りべるたんなど、何足かのわらじで頑張ります。


同期の桜・東洋鍋子